念珠の松庭園鼠ヶ関址
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庄内の海を眺めながら由良から温海、鼠ヶ関へ・・・「念珠の松庭園」の案内板に誘われるようにお寺さんのような雰囲気、梅が見ごろの門前に車を止めてゆっくり散策することに・・・手入れの行き届いた紅梅、クリスマスローズの咲く前庭を抜けると長大な臥龍の松「念珠の松」が枯山水の庭に横たわり梅とツツジの花が色を添えてました。

山形県指定天然記念物 村上屋の念珠の松01-2006.4.15


山形県指定天然記念物 村上屋の念珠の松02-2006.4.15


念珠関址(鼠ヶ関) 2006.4.15
史跡念珠関址は国道に面していて、いつも通りすぎていたのですが立ち寄ってみて説明看板を眺めて・・・あらら〜〜 念珠関が古い呼び方と思っていたのに・・・鼠ヶ関が古い呼び名だったのですね〜〜  参考に説明用の看板も掲載しました。


念珠関址(鼠ヶ関)説明看板01


念珠関址(鼠ヶ関)説明看板02


念珠の松説明看板

山形県指定天然記念物 村上屋の念珠の松 (念珠の松説明看板から引用)
このクロマツは、元村上屋旅館の庭にあり、臥龍松の一型である。・・・主幹は高さ4.2メートル、目通り幹囲1.2メートルで・・・全長は20メートルにおよび切りとめられている。・・・
この松は、他の臥龍松のように葡萄幹が屈曲しないで直線状で僅かに斜上していることろに特色がある。

以下は念珠関址(鼠ヶ関)説明看板から引用しました。
史跡 近世念珠関址
関所の変遷
鼠ヶ関(鶴岡市鼠ヶ関・旧念珠関村)には関所が二ヶ所ある。ここ(鼠ヶ関字関)に慶長年間(1596〜1614)から明治5年(1872)まで設置されていた近世の関所址と、ここから南方約1キロメートルの県境にある古代の関所址である。
古代の関所、鼠ヶ関は、勿来関、白河関と並んで奥羽三大関所の一つとされていた。この鼠ヶ関が文献に現れる最も古いものは、能因の歌枕の「ねずみの関」であり、10世紀ころには文人や旅人に親しまれていた。
大正13年(1924)近世の関所址を主たる対象に、内務省より「史跡念珠関址」として指定を受け、それ以後この名称が古代から近世に至る関所名とされてきた。

鼠ヶ関と源義経
「義経記」の義経一行奥州下りの鼠ヶ関通過の条は、歌舞伎の「勧進帳」をおもわせるごとき劇的場面として描かれている。また、当地方には次のような物語が伝えられている。
義経一行は越後の馬下(村上市)まで馬で来るが、馬下からは船で海路をたどり鼠ヶ関の浜辺に船を着け難なく関所を通過した。そして、関所の役人の世話をする五十嵐治兵衛に宿をもとめ、長旅の疲れをいやし、再び旅立って行ったという。

古代鼠ヶ関跡
昭和43年(1968)10月、山形、新潟、両県境一帯の発掘調査により古代関所址の存在が確認された。遺跡は、柵列址、建物址、須恵器址、製鉄址、土器製塩址が地下1メートルほどの所に埋蔵されており、関所の軍事施設と高度の生産施設をもつ村の形態を備えていた。
この遺跡の年代は、平安中期から、鎌倉初期の10世紀から12世紀にわたっている。これらを総合して「古代鼠ヶ関址および同関所生産遺跡」と名付けられた。

近世念珠関址
このように、古代の関所址の貌が明らかになったことから、関にある近世の関所址を、「近世念珠関址」とし、「古代鼠ヶ関址」とを区別することにした。・・・
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